thousandgrass’s fields

一日一生の毎日を。

【イベントのご案内】ハグハワイ10周年記念イベント TAROかまやつミニ・ピアノコンサート&愛する人が教えてくれたことトークセッション(2019年1月5日)

皆さま、ごきげんよう。

 

酷暑の夏がもう既に遠い昔に感じられるぐらい、あっという間に秋が深まってまいりました。

ブログの更新も滞っておりまして、私の9月10月は誰かに盗まれたんじゃないかな?と疑いたくなるぐらい、なんだか目まぐるしい日々でございます。

大学も既に秋学期に突入していて、私も博論計画やら論文投稿やら学会発表やら、やらなきゃいけないことが山積みなわけですが、、、今年は個人的に「教育を学ぶ」ことも一つの秘密ミッションとしておりまして、学部ゼミ生のTA(ティーチングアシスタント)としても積極的に関与するようにしています。

 

教育って難しいですね。「教える者が最も学ぶ」という意味がよく分かるような気がします。

まぁビックリ!することとか、予想外の斜め上のこととかが頻繁に起こるので、色々思うところはありますが、教育も難しいけど面白いなーと感じています。

指導教員って大変だなー、と今更ながらに先生方のご苦労を偲んでおります。

でも私もまだ一応学生なので、学生気分は満喫するつもりでおります。

 

さて本日は、別館ブログ自死遺族の会「アルファの会@東京」でもご案内を解禁しましたイベントのご案内です。

 

 

f:id:thousandgrass:20181104182905j:plain

alphaandomega.hatenablog.com

 

参加申込み:ウェブ専用フォーム→ 10周年イベント申し込み | グリーフ・ケア | HUG Hawaii

 

イベントではTAROかまやつ氏にご協力いただき、ミニ・ピアノコンサートを催してくださることになりました。貴重な機会をいただくことができて感謝感激です。

TAROかまやつ氏&愛する人を亡くした人達による「愛する人が教えてくれたこと」と題したトークセッションも予定されています。

もしかすると、私もトークセッションに加わらせていただくかもしれません。

当日会場でお会いしましょう。

 

「来年ことを言えば鬼が笑う」そうですが、そう、今年も残すところあと2ヵ月なんですよね。 時の流れが速すぎて、浦島太郎さんみたいにあっという間に老けてしまいそう。。。まだ師走でもないのに、いろいろ焦ってきました。

 

イベントは新年1月5日(土)ですので、それを楽しみに、あと2ヵ月は誰かに盗まれたりしないようにしっかり過ごしていきたいと思います。

皆さまもご自愛の上、一日一生の毎日を。

 

今日はイベントのご案内でした。

 

Thanks,

Chigusa

 

社会人大学院生の得すること、損すること。

皆さま、ごきげんよう。

 

東京は酷暑から急に涼しくなったと思ったら、台風の接近が心配されます。

各地で甚大な被害等が出ないことを願うばかりです。

 

さて、本ブログを書き始めてから1年半以上が経ちまして、拙い記事にもかかわらずお読みいただきまして誠にありがとうございます。

記事をアップした直後のアクセス数は微々たるものですが、実は過去記事がどこかでヒットしてお読みいただいていることも多々あるようです。

その中で、実はアクセス数が最も多いのが、私がひょんなことから社会人大学院生になるまでのお話です。

 

thousandgrass.hatenablog.com

もしかすると、社会人の方が大学院への入院を検討している際にお読みいただいているのかもしれません。

 

というわけで、どういうわけか博士後期課程に進学している現在、社会人大学生を経験して得すること、損すること、特に社会での利点や欠点について書いてみたいと思います。

あくまで個人的な意見ですが、どなたかのご参考になれば幸いです。

 

まず得することですが、意外とこれは沢山あるように思います。

最近一番実感しているのは、

○論理的な文章を書くことに慣れてきた(気がする)

ことです。

特に修士研究を一通りやり遂げて、多少メンタルをやられながらもw修論を書き上げたことは非常に良い経験になりました。当時は辛かったですけれど、今となってはほろ苦い思い出であり、喉元を過ぎれば・・・というね。

f:id:thousandgrass:20180113182758j:plain

苦労して書き上げた修論ですが既に負の遺産認定ですw

 

内容はともかく、理論立てて論旨の通った文章を最後まで書き上げるという作業がお仕事でも役立っている感じが今になってジワジワと効いてきています。

過去記事で書きましたが、修論研究は長丁場の独りプロジェクトを回しているようなものでした。

thousandgrass.hatenablog.com

修士課程での経験は、きっと事業やプロジェクトの進捗管理なんかにも活かされることでしょう。データの整理とか分析とか考察とかもね。

何より一つの研究を最後まで完遂するという覚悟や腹の括り方は、社会でも役立つのではないかしら。

 

そして、卒論やら修士の院試やら、修論計画やら博士の院試やら、倫理申請やらで研究計画を何度も何度も書いたことは、

○(事業)計画を立てて文章で説明する、(事業)計画書を作成する

ようなことにも役立っている気がします。

最近お仕事でとある助成制度の申請書類を書いたのですが、書いている途中で研究計画やら修論を書いている時のことが蘇ってきていました。

つまり、手元にある情報を集約して計画を立案する、それを元に論理的に計画を書く、あるいは意義を説明する、予想される結果を述べる、利点を説明する、というようなことが、研究計画書や倫理申請、論文を書く作業に似ていたのだと思います。

お陰様で事業の助成は書類審査を通過して、次の審査に進むことができました。

くわえて学会発表の経験は、各種プレゼンテーションでも役立つのは言うまでもありません。

 

あと、

○クリティカルな見方をするようになった

ことは、利点であり欠点でもあるかもしれませんね。

論旨が通るように先行研究やエビデンスに基づいた理論を展開することが求められますし、曖昧な情報やら主観だけで意見を述べると指導教員から厳しいご指導を賜ることになりますので、何ごともきっちり説明ができるように先行研究を精査しますし、かなりクリティカルな読み方もするように訓練されます。

特に大学の倫理審査は厳重でしたので、事前のリスク評価や想定される危害に対して予め対策を講じて明記しておくことが必要でした。

これはお仕事でも同様ですし、多様でクリティカルな視点をもつようになるのは利点だといえるのではないでしょうか。

ただし、あまりにもクリティカルな見方に慣れてしまうと、いろいろ気になってしまって見過ごせなくなる、という嫌~な感じの人間になってしまいそうなことは気を付けたいところです。

 

あとは

○世の中をほんのちょっとでも良くしたいと考えるようになる

のは、個人的には研究の本質だと思っていて、お仕事でもどのようなことに貢献できるかな?とか、どの課題や問題を解決していけばいいかな?とか、以前より建設的な考え方をするようになったかもしれません。

事業においては当たり前のことかもしれませんが、日々の業務に追われて愚痴や文句を言いたくなるような時でも、やっていることの本質は何か、目標とするゴールはどこか、そもそもの目的は何か、主観ではなくて客観ではどうか、というように俯瞰の視点から見渡そうとする姿勢は研究の本質と似ている気がします。

 

あとは、大学が契約している各種データベースを使用できるとか、場合によっては学生割引が使えるといったことは学生の特権かもしれません。

それから、たとえ指導教員に何を言われようとも、最後まで諦めないでやり抜くっていう図太さが身についたとかね。w

これは社会でも意外と大きな利点かもしれなくて、お仕事で誰に何を言われたとしても、まぁそんなに気にしないことにして、理論的に説明をして論破しようというガッツにつながっているかもしれません。

 

あまり大きな声では言えませんが、アカデミアの世界では社会では当たり前に通用することが通用しなかったりすることも多々あってビツクリ仰天することがあります。それは逆も然りだと思いますが。

その両方を経験してみると、大概のことがまぁそんなこともあるよね、ぐらいに思えてくるのが摩訶不思議です。変に逞しくなるのかもしれません。

その他にも、特に修士課程を修了してみて、我ながら変わったようなぁとフト思うことはちょいちょいあります。今になって、修論地獄が報われたような気がしています。

 

逆に損することといえば、

×(高い)学費や交通費が自己負担

×研究に費やす時間を確保しようとすると自ずと余暇や睡眠時間が削られることになる

×お仕事外でもいつも研究のことを考えているので気が休まる暇がない

×TAをやっていると今どきの若者(現役大学生)の言動にビックリしすぎてときどき気を失いそうになる

等というようなことでしょうか。

損すること、というよりは自ら進んでやっていることなので、必要なコストというか自己投資というか。

 

社会人大学院生としてのお仕事との両立やら研究は決して楽しくはありません。

でも、面白いです。

逆に言えば、面白いと感じられなかったら、やっていられない気がします。

ただ、この年齢になって知りたいと思うことを学んだり研究したりできることは、幸せなことなのだと思います。有難いですね。

 

とはいえ、私はまだ数年の経験ですし、先も長いのでこの先どうなるやら分かりませんが、今のところ私は社会人大学院生を経験してみて良かったと思っています。

どなたかのご参考になれば幸いです。

 

Thanks,

Chigusa 

 

 

もしものための話し合いを「もしバナゲーム」で。

皆さま、ごきげんよう。

梅雨明けしたと思ったら、特別警報が出るなど不安定なお天気が続きましたね。

各地の自然災害にも心を痛めますし、このところ関東でも地震があったりで、予測不能な自然の営みに太刀打ちできない人間は一体どうすればいいのだろうかと、時に途方に暮れてしまいますね・・・。もしもの時に備えておくしかないのでしょうか。

 

人間の「生老病死」も予測不能なことが多いものです。

最近私の界隈でも「終活」「エンディングノート」といった人生の最終段階に関する話題がホットです。

そこでいつも思うのですが、予測不能なことに直面した場合に何かの決断をする際に、一体誰の意思が尊重され最優先するのだろうかと。特に、人生の最終段階において、たとえば延命や治療停止など、いわゆる終末期、死にゆく過程では誰の意思を最優先させればよいのでしょうか。

 

ちなみに、厚労省から「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(平成30年3月改訂版)というものが出ています。

この内容については概ね頭では理解できるのですが、いざ実際に近しい身内がそのような状況に置かれた場合、自分がどう判断して決断するのか、いくらガイドラインがあるといってもきっと激しく動揺して迷いまくるのではないかなーと私は思うのです。

 

仮に事前に本人の意思確認をしていたとしても、その瞬間にどう思うのかは分からないんじゃないのかな?とか、「推定意思」って曖昧だなーとか、果たして実際に本人の意思を尊重して最優先できるのだろうか?とか、遺されることになる家族の意思はどこにいっちゃうのかな?とか。

 

私は一応大学院の緩和医療学・臨床死生学研究室で研究をしている身でありまして、それなりに学んでもいる方だとは思いますが、いざその場面になったら、正直冷静に判断して望ましい決断ができるか否かはかなり怪しいなと自分でも思います。

これがまさに臨床の死生学というところでしょうね。

 

しかしながら、実際にその瞬間に遭遇する以前に、もしもの時のためのことを話し合っておくというコミュニケーションは大切なのでしょう。

そんなコミュニケーションツールの一つとして、iACP | もしバナゲームというものを教えていただき、購入してみました。

 

詳しくは↓コチラを参照くださいね。

www.i-acp.org

「もしバナゲーム」とは
1人でも、2人でも、またもっと多くの 人数でもゲームをすることができます。
1セットには36枚のカードが入ってい ます。そのうち35枚には、重病のときや死の間際に「大事なこと」として人 がよく口にする言葉が書いてあります。

たとえば、「どのようにケアして欲しいか」、「誰にそばにいて欲しいか」、そして「自分にとって何が大事か」、という内容です。

(もしバナゲーム、iACPホームページ、https://www.i-acp.org/game.html

  、2018年7月8日参照)

 アマゾンでも買えます。

もしバナゲーム

もしバナゲーム

 

 

そこで早速自分もやってみて、数名の方にもやってみていただきました。

要は36枚のカードに書いてある「重病のときや死の間際に大事なこと」の中で、おおまかに優先順位をつけていくという作業をして、優先順位が高い10枚程度について、それはどういうことか、何故それを選んだのか?等について話を聴く、話し合うということをしてみました。

 

面白いなーと思ったのが、優先順位が高い10枚程度のカードに書かれた内容とその傾向が、人によって全く異なる、ということでした。

自分ではかなーり優先度が高い内容が、他の人にとっては優先度が低かったり、その逆もあって、人それぞれ考えていることが本当に違うんだなーというのが実感です。

つまり、あの人にとってどうでもいいことは、私にとっての大切なことであり、私にとってどうでもいいことは、あの人にとっての大切なことであり得るということです。

これは別に悪いことではなくて、人によって大切だと思うことが違うんだよ、ということをお互いが理解することが大切なのだと思います。

そして、だからこそやはり日ごろからの話し合いやコミュニケーションが大切なのでしょうね。くわせて、優先事項はその時々によって変わりゆくことを理解しておくことも大事なのだと思います。

 

ちなみに、私は高齢の母親にもやってもらって話をしました。

いくら家族とはいえ、本人の考えや望んでいることを日頃からよく理解しているとは限りませんよね。

母親が望むことはこれまでにも何となく話し合うことがありましたが、10枚程度の優先度の高いカードの内容と選んだ理由を聴いてみて、一番近しい身内ながらなるほどなーと思うことがありました。私はやってみて良かったです。

とはいえ、実際にそんな場面に遭遇した時に、私が望ましい判断をできるか否かは未だ怪しいのですが、、、全く本人の意思を聞いたことがない、話し合ったこともない、というような状況に比べるとまだマシだよなーっと思いました。願わくは、本人の意思を最大限に尊重して望ましい判断ができることを祈りたいと思います>わたし。

 

さいごにもう一つ、面白いよなーと思ったことを。

私も自分でカードに優先順位をつけていったわけですが、その時に一番大事かもしれないと思ったカードが自分でも結構意外でした。

 

それは↓コチラ。

f:id:thousandgrass:20180708185747j:plain

え、重病の時とか死の間際でユーモアを持ち続けることが一番大切なんですか?>わたし 

もっと痛みが無いとか、家で最期を迎えるとか、家族と一緒に過ごすとか、いろいろあるでしょうよ、と思ったのですが、なぜかこのカードが一番ピンときたのですよねー。まぁ今後変わるかもしれませんけれど。

自分でもなんでこれが一番ピンときたのかいまいち不思議なんですが、死生の際においてもユーモアを持ち続けたいという意思はこれからも忘れないでいたいと思います!

 

あなたも「もしバナゲーム」でもしものための話し合いをしてみてはいかがでしょうか。

 

Thanks,

Chigusa

 

 

 

 

 

 

 

いわゆる「デスカフェ」で「あの世この世」について対話すること。

皆さま、ごきげんよう。

東京は梅雨明けして連日蒸し暑い日が続いています。

待望の夏が例年より早くやってきましたが、早くも熱中症、夏バテの予感がしますので、皆さまもどうぞご自愛くださいませ。 

 

さて、早速ですが今日は「デスカフェ」についてのニュースより。

www.asahi.com

 

あなたは「デスカフェ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

「デスカフェ」は、欧州でスタートしたとされる、お茶などを片手に死について語るカフェのことです。

記事ではこの取り組みが、日本でも徐々にではありますが広まってきている様子が伝えられています。

 

上記の記事が有料で続きを読めない場合には、

コチラ↓も(内容の良し悪しはさておき)参考になるかもしれません。

デスカフェってなに?世界中で話題の”デスカフェ”が日本上陸? - NAVER まとめ

 

記事にもある通り、「死」はとかくタブー視されがちですし、忌避されて私たちから遠ざけられてきました。昔と比べて在宅死よりも病院死のほうが多くなってしまったことも一因として考えられるでしょう。

しかしながら、私たち全員に関係する大切なことだと思うのです。

 

「死」について考えて語り合うことは、すなわち「生・生きる」ことについて考えて語り合うことでもあると考えることが出来ます。

つまり、「死」だけではなく、「死生」にまつわるあれこれを対話する場がいわゆる「デスカフェ」であると捉えるのが良いように思います。

 

「死生」についてのことは、主に医学や医療の専門家や、あるいは患者、遺族となった市民の間では考えられ、語られていることが多いといえるでしょう。

しかしながら、患者や遺族でもない市民が、何でもない時に普通に死生ついての話をする機会はなかなか少ないのが現状ではないでしょうか。

 

死生にまつわるあれこれには、実は様々なテーマがあります。

とかく私たちは「いずれ高齢になって死にゆく」というイメージを抱きがちですが、実は死生のテーマは生まれる前から始まっており、死の瞬間の後も続いていきます。

「生老病死」という言葉がありますが、産まれる前から老いて病にかかり死にゆくまで、そしてその後のことまで、死生にまつわるあれこれは、実はずーっと私たちの身近にあります。

 

例えば「ご遺族」というと、高齢者を亡くした家族というイメージが一般的かもしれませんが、小さな命を失ってしまったご遺族もいらっしゃいますし、私も高校生の時に父親を亡くしていますから、高校生で既に遺族だったわけです。まぁよく考えれば、私たちは必ずご先祖様を亡くしているわけですから、私たち全員が「遺族」であるともいえますが。

 

遡れば、不妊治療に代表される生殖補助医療や、出生前診断も死生の重要なテーマですし、広くは戦争や災害、犯罪、死にゆく過程では終活、緩和医療/ケア、グリーフケア、看取り、安楽死、尊厳死、自死など、人生においては数え切れないほどの死生にまつわるあれこれが関係しています。

 

そんなずーっと私たちの身近にある死生にまつわるあれこれことについて、なかなか語り合う機会がないというのも考えてみれば不思議な話ですよね。

私たち全員に関係するお話なのに、なぜ避けて通られがちなのでしょうね。

ほんとうに死はタブーなのでしょうか?

多死時代を迎えるのに?私たち全員がいずれ死にゆく存在なのに?常にずーっと身近にあるはずなのに?なんで市民の間では普通に語られないのでしょうかね?

 

単純に「デスカフェ」というネーミングもとっつきにくいのかもしれません。

「デスノート」みたいなイメージを連想すると、暗くおどろおどろしい感じもしますしね。w

 

そこで、私たちはとある研究会の有志で「カフェあの世この世」と銘打って、死にまつわる様々なテーマについて語り合う対話の場をスタートさせました。

※本来の「デスカフェ」には条件付きの定義があるようですが、「カフェあの世この世」は条件に合致しませんので、厳密には「デスカフェ」とは言えません。

 

 

anoyokonoyo.hatenablog.jp

 

「カフェあの世この世」はこれまで既に2回開催されまして、いずれも非常に面白い死生にまつわるあれこれの対話が行われました。

 

thousandgrass.hatenablog.com

 

当日対話するテーマ候補は予め2つ用意されます。

そして、当日集まったご参加者全員による対話で、その日対話するテーマを1つに決めます。このテーマ決めの対話の過程もとても面白いのです。

ちなみに、

第1回目では、「一人称の死、二人称の死、三人称の死」

第2回目では、「弔いとは何か?」

がテーマに決まり、ご参加者全員であれこれ対話をしましたが、本当に興味深く面白かったです。

 

f:id:thousandgrass:20180503163330j:plain

 

「カフェあの世この世」では、今後も死(生)にまつわる様々なテーマについて対話する場を機会を設けて参ります。

 

次回開催は、2018年7月28日(土) を予定しております。

詳細は近日中にご案内できる見込みです。

 

常に私たちにずーっと身近なはずの「死生」にまつわるあれこれについて、気兼ねなく自由に対話してみたいと思っている方のご参加を心よりお待ち申し上げております。

ご一緒に対話を楽しみましょう!

 

Thanks,

Chigusa

 

 

 

 

 

 

 

 

たまにはHappy-go-lucky☆で。

皆さま、ごきげんよう

東京はどうやら梅雨明けしたようです。夏ですね、わたくし待望の。

でも、梅雨で傘をさした記憶があまりないので、今年の夏は水不足では?とちょっと心配になったりもします。

 

さて、突然ですが、最近有難いことに私は物凄くツイていると思います。

先日とあるアーティストの公演を観に行ったのですが、帰路で偶然そのアーティストご本人様と電車で乗り合わせまして、ほんの数席違いという奇跡的な環境の中で独り至福の時間を過ごさせていただくという幸運に恵まれました。

その他にも最近ほんの偶然が奇跡的にツイていて、今年の運はもう使い果たしたんじゃないかと思いますが、この流れでこれからもツキまくっていきたいと思います。

なんか不思議なことに、調子よく流れに乗れる時ってありませんか?そんな時はあまり頭で考えず、直感で流れに乗ってしまったらいいと思うのです。

たまにはHappy-go-lucky☆で。

f:id:thousandgrass:20180629193624j:plain 

f:id:thousandgrass:20180629193830j:plain

※Happy-go-lucky☆イメージ図。

シュールなラッピングトレインが目の前に停車したのも、ツイてました。www

 

私は最近のツキに乗っかって、勝手に研究助成金と本ツアーもとれる気がしてきました。w

 

実際に、私が通信制の大学に入学したのも、大学院に進学しているのも、自死遺族の会に関わっているのも、自死遺族がテーマの修論を書いたのも、いわゆるデスカフェ「カフェあの世この世」を始めたのも、とあるアーティストにドはまりしているのも、とある公式グッズの製作者の方と直接コンタクトできたのも、人との出会いも、就業先も、お仕事の内容も、その他いろいろほんの偶然の産物に思えてなりません。

自分では全くそんな未来は思い描いていなかったのに、目の前に来た流れに乗っかってみた結果、物事がうまく運び出したということは数えきれません。

勿論その全てに関わる人のおかげでもあるので、心から感謝深謝しております。

しかしながら、自分が思うよりも、意外とこの世界って上手く優しくできているような気がします。

 

就活中の大学生にも、自分が入社したいと願う会社も大事だけれど、合格した会社に入ってみるのもいいよ、と話しています。実際私がこのパターンでした。

チャンスの女神は前髪しかない(らしい)、という例えも意外と的を得ているかもしれませんね。その絵面を想像するとちょっと気持ち悪いですが。;

とりあえず目の前に来た流れに乗っかってみな!ってことでしょうか。

 

ただ、その中で思いもよらなかった出来事が起こることもまた事実でしょう。

引き寄せとか願いは叶うとか、思考が現実化することはままあると思いますが、人生とか出来事を全て自分がコントロールできると思い込むのは、ちょっと危ういと感じます。

コントロールできなかった時とか、思いもよらない結果になった時にでも、その現実を受け止めたり、決して他人や自分のせいにしないことも大切なのだと思います。

自らの無力さを知るとか、謙虚になるとか、自分の人生に真摯に向き合っていきたいものですね。

特に、人の死生の瞬間って、本来人間がコントロールできるものではないと私は考えています。 たとえば「自死」や「安楽死」についてはいろいろ述べたい考えがありますが、長くなりそうなのでまた別の機会に。

 

東京は梅雨明けしたことですし、たまにはHappy-go-lucky☆で今年の夏も楽しく過ごしましょう。

 

Thanks,

Chigusa

 

 

 

 

 

 

 

ア・フュー・グッドメンであること

皆さま、ごきげんよう

 

気が付けば5月もおしまいですね。

6月は梅雨の季節ですが、雨降りは苦手なので夏が待ち遠しいです。

一年のなかで、夏だけ短い気がするのは気のせいですか?単に私が季節は夏とそれ以外しかないと思っているからでしょうか。

春・夏・秋・夏ならいいのに。要するに、冬は無くてもいいのにと思っている次第です。

 

さて、このところアメフト関連のニュースが尽きないですね。

私もアメフトを観るのは大好きで、今回の騒動は非常に残念です。

 

一連の騒動を見ていて、ずっとどこかで見たことがあるなーという既視感を抱いていました。

それは、↓コチラ↓の映画。  

ア・フュー・グッドメン [Blu-ray]

ア・フュー・グッドメン [Blu-ray]

 

 

私はこの映画(というよりむしろトム)が好きで何度も観ているのですが、一連の騒動と構造や命令系統と人間関係が良く似ていると思います。

映画では海軍基地と軍事法廷が舞台ですが、絶対的な権力を持つ大佐が命令を出したことを認めるのか、命令に従うべき兵士はどう行動したのか等、登場人物と行動を置き換えて観てみると、一連の騒動に当てはまるなぁと思っていました。

 

本作の最大の見どころは、終盤の軍事法廷でのトムと大佐の迫真のやりとり(怒鳴り合い)と、最後の兵士の発言と態度です。

特に、最後の加害側の兵士が述べる言葉には心が震えました。

a few good men であるとは、そういうことなのだろうなと。

ご興味のある方は、是非ご覧になってみてくださいね。 

 

くわえて、とある勉強会で哲学を通した対話についての本を読んだのですが、 

この中で「正義」についての対話が出てきます。

 

たとえば、「誰も見ていなかったとしても正義を成せるか」というようなこと。

 

さらには、ロード・オブ・ザ・リングの最後の方の重要な場面でも、誘惑に負けてしまうフロドではなくて、サムが最後まで正義や信念を貫くというようなこと。 

 

自分に置き換えてみると、果たしてどう行動するだろうか、a few good menであれるだろうかと考えさせられました。

 

一連の騒動を通じて、多くの人がいろいろなことを考えたと思います。

決して他人事ではないと感じた方も多いのではないでしょうか。

批判は簡単ですが、じゃあ自分はどうなのか?と考える良い機会になったかもしれませんね。

 

どうしても ア・フュー・グッドメンのことが頭から離れず、つれづれに書いてみました。

おしまい。

 

Thanks,

Chigusa

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死生の対話の場「カフェあの世この世」in May のご案内('18 5/12 14:00-16:30@浅草橋)

皆さま、ごきげんよう

日本ではGW後半に入りましたね!皆さまいかがお過ごしでしょうか?

5月の嵐は「メイストーム」っていうのですね(まぁそのままですけどね)。

 

さて、以前「カフェあの世この世」をはじめました、という記事をアップしました。

 

thousandgrass.hatenablog.com

 

「カフェあの世この世」は、死にまつわる様々なテーマについて語り合う対話の場で、いわゆる「デスカフェ」の一つです。

www.facebook.com

 

前回は初めての開催ということで、トライアル的な意味もあったのですが、ご参加者の皆さまのお陰で良い対話の場となったと思いますので、この度本格的にスタートすることとなりましたので、ご案内させていただきます。

 

死生についての対話やデスカフェにご興味のある方は是非ご検討くださいませ。

そして、どうぞお気軽にご参加ください。

私も世話人の一人として参加いたします。

 

www.facebook.com

 

カフェあの世この世 in May 

日時:2018年5月12日(土) 14:00 - 16:30

会場:浅草橋のカフェ(浅草橋駅から徒歩5分程度)

 

定員:15名(先着順)
参加費:1,500円(遅刻 or 途中退席でも全額申し受けます)

*カフェは14:00〜16:30頃の予定で行いますが、遅刻または途中退席OKです。

 ご参加希望の方は、以下のアドレスまでe-mailにてお申込みください。
先着で15名までの方に会場の詳細をお知らせします。

 cafe◆ltn288.net 

*メールアドレスは◆→@に書き換えてお送りくださいませ

**@の後のアルファベットは、l(エル)t(ティー)n(エヌ)です

 

件名に「カフェあの世この世 in Mayに参加希望」とお書きいただき、下の内容をお知らせ下さい。

・お名前
・ご連絡先

折り返し詳しい場所のご案内メールをお送りさせていただきます。

 

当日は以下のテーマのうち1つを参加者全員で相談して選んで対話します

参加者全員でのテーマ決めは対話のウォーミングアップにもなりますので、このような形式の対話やデスカフェに初めて参加される方でも、まったく問題なくご参加いただけます。

 

◆「弔いとは何か?」
直葬(通夜・葬儀を省略して火葬のみの葬送の形)、無縁墓(継承者不在で放置された墓)、墓じまいなどがニュースで取り上げられたり、仏壇を置かない、位牌を持たないという考えの人も増えつつあったり?と、日本人の死生観の変化を指摘する声が目立ち始めました。
では、そもそも弔い、供養とは何か。大切な人が亡くなったら自分はどうしたいのか。など、さまざまな視点から「弔い」について語り合いませんか?


◆「他人の命/自分の命を左右できるのか」
>4月初旬、評論家の西部邁さんの死後、自殺をほう助したとして2人が逮捕されたニュースが世間をにぎわせました。また、著名な脚本家が安楽死したいと表明したこともありました(その後、発言を撤回)。
他人の命、自分の命を、他の人が、あるいは自分自身が、左右できるのでしょうか。命を断つというだけでなく、本人の意思を無視した延命治療も、命を左右するという意味では同じ延長線上にあるのかもしれません。命を左右できるのか、語り合いませんか?

 

どちらも興味深いテーマだと思いませんか?

前回はテーマ決めから参加者全員での面白い話し合い(対話)がスタートしていました。

他者の話や考えを聴くというのは、とても面白い行為です。自分では全く考えもつかなかった意見や考え方が出てきますし、へぇー、ほぉーと目から鱗が落ちたりしますし、文字通り「対になる」話ほど面白いものです。

 

そもそも死にまつわる様々なテーマには答え、正解というものはありません。

そして、対話は決して一つの答えを導き出すのではなく、「対になる話」をみんなで喧々諤々しながら熟成、発展させていき、知見を広げたり、みんなで新しい思考を導き出していくという面白さやワクワク感があるものだ、というのが前回を終えてみての私の感想です。

 

決して難しいものではなく、自分の考えを自分の言葉で語る、そして対になる他者の話にも耳を傾けるというのも面白いチャレンジですし、是非対話の面白さを多くの人に体験していただきたいと思います。

 

くわえて、死にまつわる様々なテーマ、死生のアレコレというのは、私たち全員にかかわることでもあるにかかわらず、なかなかオープンに話しをする機会がありません。

しかしながら、誰にとっても「わたくしごと」であるはずの死生のことについて、みんなで考えてみる、考え続けてみるということはとても大切なことだと考えています。

「死」が忌避されて私たちから遠ざけられている現代の日本だからこそ、年齢や性別、経験、立場等に関係なく死について真正面から対話することの意義があると思います。

 

今後も定期的な開催を予定しておりますので、今回は残念ながらご参加いただけない場合でも、ぜひ次回以降にご参加いただけますと幸いです。

 

何より「カフェあの世この世」は、参加者全員で創り上げていく対話の場です。

あなたのお越しを心よりお待ちしております。当日会場でお会いしましょう。

そして、一緒に対話を楽しみましょう!

 

Thanks,

Chigusa

 

f:id:thousandgrass:20180503163330j:plain