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thousandgrass’s fields

一日一生の毎日を。

悲しみとハワイとわたし。

旅のフィールド

皆さま、ごきげんよう

 

東京はやっと桜が見頃のようですね。

花冷えの日が多い印象でしたが、確実に春の訪れを感じられるようになってきました。

 

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さて週末は、前の記事でご案内したHug Hawaii主催の 自死遺族限定の「アルファの会」と、大切な人を亡くされた方々が集うHug Cafe in Tokyoが開催され、私も参加させていただきました。

お陰様でいろいろな出会いがあり、大切な人を亡くされた方々と様々なお話をさせていただきました。とっても美味しい手打ち蕎麦をオリーブオイルとお塩で食する機会などにも恵まれまして、とても豊かな時間を過ごすことが出来ました。

ありがとうございました。

 

このような会にご興味のある方、詳細については、

グリーフ・ケア | HUG Hawaii | 〜愛する人を亡くした方へ〜 悲しみを癒すグリーグケア

をご覧くださいね。

www.hughawaii.com

 

なお、アルファの会、HugCafe@日本は、今後も毎月1回開催される予定です。

 

Hug Hawaiiは、その名の通りハワイを拠点として、大切な人を亡くした方たちを日本語によってサポートする活動を行っておられます。

日本でも同様の活動が行われていますが、拠点がハワイにあるというのはユニークな点だと思います。

 

日本国内にも同様の支援活動を行っておられる団体は各地にありますので、もし支援が必要な方がいらっしゃれば、お近くの団体を探してみるとよろしいかもしれません。

昨今ではネット検索でもたくさんヒットしますので、ご自身のニーズにあった活動や団体が見つけられるとよろしいですね。

 

このような支援活動には、主に2種類あると考えられます。

一つは、行政や専門家のお立場の方も参加されるような支援グループ。

もう一つは、当事者限定で分かち合いの会などを行うような自助グループといわれるものです。

どちらにもそれぞれの特性と利点があると考えられますので、必要としている支援の内容や形態によって、上手く選択されるとよろしいのではないかと存じます。

いずれにしましても、支援を必要とされている人が、必要とするときに、必要とする情報や場に出会えることを願っています。

 

 

私が愛する家族を突然失って絶望の淵にあったときには、あまり人を頼るということをしませんでした。何より外出するのも億劫で、人に会いたくなかったし、放っておいてほしいと思っていました。

確かに孤独感・孤立感を抱いていましたが、逆に他者を遠ざけることで自分を護っていたと言えるかもしれませんね。

時にはそんな時間も必要なのだと私は思います。

余計なことを言われたり、逆に気を遣われるのもイヤでしたし、何より人と会ったり話したりするエネルギーが枯渇していました。

 

自分で孤独を選んだとはいえ、やりきれない思いや、いたたまれない状況の中で、なぜかその時独りでハワイ島へ旅立ちました。

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きっと誰も自分のことを知らないところで、なんのしがらみも人間関係も無く、全てから解放されたかったのかもしれません。

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今考えると、なぜハワイ島だったのか?は謎なのですが、大自然とか癒しとかパワースポットとか、無意識に形の無い何かに救いを求めていたのかもしれません。

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この景色を見てポロポロと涙があふれ出ました。

そしてこの景色をたくさんの人に見せてあげたいと思いました。

 

結果は大正解だったと振り返っています。

むしろ私の方が呼ばれていたのかも?と思ったりもします。

ワイ島の圧倒的な大自然に向き合うことで、生命を生み出すエネルギーのようなものが感じられました。

ちょっと大袈裟にいえば、人も地球の生命の一部で、その生命を人がコントロールすることなんて到底できないんだ って思ったように記憶しています。

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そしてその後にも、ご縁があって立て続けにハワイ島オアフ島へ行く機会にも恵まれました。

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そんな過去のこともあって、ハワイとはご縁があるものだと勝手に思っています。

 特に私にとっては、単にバケーションというよりも、愛する人を亡くすという深い悲しみと絶望に対して、癒しや救いの場としてのイメージが強いかもしれません。

そして、今こうしてHug Hawaiiに関わる方々とお会いできたことも、何かしらの意味があるような気がしています。とても有難いことです。

 

ハワイといえば、普通はビーチリゾート満喫の南国バケーション☆というイメージが強いと思いますし、私もそんなハワイが大好きです。

一方で、ハワイの歴史を学ぶと非常に過酷な一面もあり、悲しみと救いの両方を併せ持つ、強くて優しい場所なのかなと思ったりもします。 

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私にとっても、悲しみと癒しの両方を併せ持つ意味のある場所であるような気がしています。

 

今年はまたそんなハワイの地に行けそうな予感がしています。

 

Thanks,

Chigusa 

 

 

【お知らせ】4/1(土)14:00- 自死遺族限定の集い「アルファの会」(by Hug Hawaii)が開催されます。

旅フィールド

皆さま、ごきげんよう

 

いよいよお花見のシーズン到来ですね。

昨年はちょうど満開の時に隅田川から屋形船でのお花見を楽しむことができました。

今年も屋形船からのお花見を試みましたが、あいにくまだ早かったようです。残念!

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東京では、今週末~来週あたりが見ごろとなるでしょうか。

今年も満開の桜と、はかなく散りゆく桜吹雪を楽しみたいと思います。

 

さて春はお別れと出会いの季節でもあります。

本日は、掲題の通り自死遺族の集いのお知らせをさせていただきます。

自死遺族限定のつどい「アルファの会」東京(赤坂) | グリーフ・ケア | HUG Hawaii

2017年4月1日(土)2:00~4:00まで、赤坂区民センター第2会議室で自死遺族限定の集い「アルファの会」を行います。

自死遺族は他の死別とは違う苦しみや悲しみを味わうことが多いです。

理解し合える人達と過ごすことで、癒されることがあります。

自死遺族ならどなたでも参加できます。

お問い合わせは、alpha@hughawaii.comまで。

主催はHUG Hawaiiさんで、初めて東京での 自死遺族限定の集い「アルファの会」が開催されることになりました。

自死遺族限定の集いというのは、同じ深い悲しみを抱える自死遺族だけでお話をしたりお話を聞いたりするだけの会です。たとえば行政や専門家というようないわゆる支援者といわれるようなお立場の方は参加されません。

もしこのような会を必要とされている方がいらっしゃれば、どうぞお問い合わせ先までご連絡ください。秘密は厳守されますので、どうぞご安心ください。

お問い合わせ: alpha@hughawaii.com 

なお、 4/1当日は、HugHawaii主宰のフロイド由起さんもご参加される予定です。

 

フロイド由起さんはお住いのハワイで、愛する方を亡くされた方々の悲しみを癒すグリーフケアのサポートグループを主宰されています。

www.hughawaii.com

 

フロイド由起さんとは、大学通信課程でのゼミ(緩和医療学・臨床死生学)がご一緒というご縁で出会いました。由起さんは、ハワイから受講され、この度めでたく大学をご卒業されました。おめでとうございます!

 

HugHawaiiでは、日本でも愛する人を亡くされた方々の集いなどを中心に活動されており、この度自死遺族限定の会「アルファの会」が初めて東京でも開催されることになりました。

 

ここでちょっと私ごとのお話を。

突然のカミングアウトではありますが、私は自死遺族です。

10年前に愛する家族を自死で亡くしました。

そういうわけで、4/1「アルファの会」にも参加させていただきますし、今後もこのような活動に携わって参る所存です。

 

30年前にもやはり愛する家族が急逝してしまいましたので、愛する家族が急に居なくなってしまうというとても辛く深い悲しみの経験を経て、いま現在は大学院で主に臨床死生学を学んでいます。

つまり、私が人の死生に興味を持ち、専門的に学びたいと思ったのは、二度にわたる突然の家族との死別経験があることが大きな要因といえます。

この辺りのことは、また今後追々書いていきたいと思いますが、特に愛する家族を自死で亡くした経験は、私の人生に深い意味をもたらしたことは間違いありません。

そんな中で由起さんと出会い、このような活動のお知らせができるということは、決して偶然ではなく、必然でもあるような気がしています。もしかすると私の運命なのかもしれませんね。辛く悲しいことではありますが、今はとても有難いことだと感じています。

 

愛する人自死したことを語るというのは、なかなか簡単ではありません。

残念ながら未だ自死に対して差別や偏見があり、社会的に烙印を押されてしまうというのも事実です。

そこで、自死遺族が自分のお話をしたりお話を聞いたりするのは、とても勇気がいることではあります。しかしながら、自死遺族同士でなら話せる、経験や感情を理解してもらえる、ということもあり得ると考えられますので、本日のお知らせが援助を必要とされている方々の目に触れる機会が増えるといいなぁと考えています。

なお、東京での「アルファの会」は、今後毎月1回開催される予定です。

今後の開催予定につきましても、随時お知らせさせていただきますね。

 

 

そして、長らく難航していた修論計画ですが、このたび自死遺族についての研究をテーマとすることを決心しました。 

これまで一度向き合う必要があることを薄々感じてはいましたが、なんとなく反れた方向性を考えていました。もしかすると向き合うことが怖かったのかもしれませんね。

しかしながら、由起さんをはじめとする様々な出会いと出来事がありまして、今回このような流れになったことをとても有難く思っていますし、当事者としても真摯に取り組んで参りたいと思っています。自死した家族も喜んでくれているような気もします。

 

 

今日はちょっと重い内容になってしまいましたが、必要としている方々が、必要としているタイミングで、必要な情報を得ることができるように、これからもこのような情報を発信させていただきたいと思います。

皆さまのご理解のほどを、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

MAHALO,

Chigusa

 

 

 

 

 

 

 

クレイパックとヘッドマッサージでもろもろスッキリ&クリアに。

personal field

皆さま、ごきげんよう

 

今日は、修論計画で悶々と苦悩している私にとっての救いの手のおはなしです。

悠長なことを言っていられない状況ではありますが、たまにはブレイクも必要です。

 

そこで今や同志wでもある石井友恵さんがオーナーを務めるサロンnanaichiさんで、クレイパックとヘッドマッサージを受けさせてもらったおはなしです。

 

nanaichiさんのページは↓コチラ

ameblo.jp

 

実はわたくし、普段は健康とか美容とか無頓着でして、ケアサロンとかエステってほぼ行くことがありません。女子力低し・・・。

特に、知らない人(初対面の人)に身体や顔を触られることにとても抵抗がありまして、以前高級エステでの施術をプレゼントされたのに、ほんとうにイヤでたまらず、丁重にお断りしたことがありました。(今思うと、受けておけばよかった~!!!)

 

そんな経緯もありましたが、今回はうっかり酷い日焼けしてしまった手と手首のクレイパックと、ヘッドマッサージをお願いしました。

ちなみに、オーナー&セラピストの石井さんはいまや同志wですので、身体や顔を触られても大丈夫だと思います。が、たまたまこの日はお洋服を脱いだりしなくて良いケアとなりました。

着衣のまま受けられるケアというのも気軽で良いですね。

 

 

まずはウェルカムドリンクと私宛のメッセージカードがしつらえてあって、妙に嬉しくなりました。

こういうちょっとした気遣いって嬉しいですねー。女子力高し。

 

そして、まず吹っ飛ばす(すごい変換だわ)フットバス(クレイ入り)でじんわり足から温まりました。

普段さっさとシャワーで済ましてしまう自堕落な生活習慣を反省です。

 

以前から クレイパック ってどんなの?というのがよく分からなくて、今回はクレイパックを試してみたい、とお願いをしたという次第です。

 

酷く日焼けしてしまい、カサカサ&シワシワになってしまった手(お目汚しでスミマセン)と手首に対するクレイパックの模様と効果を時系列でどうぞ!

 

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日焼け直後(1.5ヵ月前ぐらい)

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before クレイパック

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クレイパックなう:ちょっとヒンヤリで不思議な感覚

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after クレイパック  with 吹っ飛ばす フットバス

 

分かりづらいかもしれませんが、手の甲のトーンが明らかに明るくクリアなっているのがお分かりいただけるでしょうか。

左腕(=クレイ無)の部分と比べていただくとよろしいかもしれません。

 

トーンが明るくなった上に、カサカサ&シワシワだった日焼けダメージもしっとりです。

手って年齢が出ますよね、、、いくら綺麗にお化粧&オサレにしていても、手と首には年齢が出てしまいます。

実はとっても悲しかったのです、日焼け後の自分の手の惨状が。

これでまた修論ガンバレそうです。←関係ないですけど。

 

そして、お次はヘッドマッサージを。

普段どうしてもPCを使用することが多いので、肩こりや首こり、たまに頭痛もあって、目が疲れていることを自覚していました。

でも、自分でいくらマッサージしてみても、なかなか解消されないものです。

 

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多分うぐぅぅぅとかうぁわぁぁとかいう変な声出てましたw

 

期待の通り、気持ちいいこと&スッキリ感間違いなし。

わたくし、実はヘアサロンでのシャンプーとかマッサージで、女の人の細い指による刺激が苦手です。ピンポイントすぎて痛いというか。

 

でも、石井さんの指先の感覚とか、刺激の具合とか、施術の流れとか、そんなピンポイント感はなく、流れるようなとても心地のよい温かなマッサージでした。

やはり人に触れてもらう&労わってもらうって大事ですね。

身体だけでなく、同時に心もほぐれていく感じがします。

 

そして頭だけでなくてコリコリになっていた上半身全体が、とっても軽くなった感じ。

それから、目の疲れ(重さ)がスッキリとれて、視界もクリアになった感じがしました。多分施術前より目もパッチリ開いていたと思います。

ヘッドマッサージといっても、肩・首・背中・腰辺りまでほぐしていただいたのです。

周辺部位までほぐしてくださるのは予想外でしたが、確かに頭と肩・首・背中・腰は全部繋がっていますし、上半身ぜんたいの流れを通していただいた、というような感じでしたよ。

まさに至福のひとときでした。

&できればそのままベッドへ直行したいぐらいでした。

 

 

この後、積極的に水分補給したせいもあるかもしれませんが、この日の夜はたくさん水分が排出されまして、翌朝にはかなり浮腫みが解消されていた感じもありました。

きっとデトックスにもなったのではないかな?と個人的には感じています。

 

要するに、もろもろ(※修論計画以外)スッキリ&クリアになったということです。

たまにはこういうリセットも必要ですね。

これからも是非定期的にお願いしたいと思った次第です。

ご興味のある方にも自信をもってオススメです。

(※同志ではありますが、回し者ではありません。念のため!)

 

石井さん、どうもありがとうございました!

 

Thanks,

Chigusa

初対面の人の意見を聞いてみよう。

大学院フィールド

みなさま、ごきげんよう

東京では桜が咲き始めたようですね。

これからお花見はいつ?どこに行こうか?思案のしどころです。

皆さまも、素敵なお花見シーズンをお過ごしくださいね。

 

さて、昨年の今頃は卒業式を前に春休みを満喫しておりました。

そして、今年は修論計画が難航しておりまして、悶々としております。

 

そんな中、とある研究会に出席させていただきまして、修論計画(仮)を見ていただく機会がありました。

 

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久々の本家に足を踏み入れました。

普段は、じゃない方 のキャンパスに在籍しています。

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山に沿って建っているので心臓破りの坂(自称)があります。

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一番下から上ってくると、3階~4階分あります。

私はもう大人なので、普段はエレベーターを使いますが、

この日は工事中でだらだらと長い坂を一気に上ったらほんとに心臓が破れるかと思いました。。。

 

本題から外れてしまいましたが、、、

研究会では、初対面の方がお二人いらして、無謀にも難航中の修論計画を思い切って発表させていただいたのですが、これがとっても良かったと思いました。

 

誠に未熟でつたない発表ではありましたが、発表後にたくさんの質問とコメント、ご意見、ご指導を頂戴することができました。

(誠にありがとうございました。)

研究の領域は異なるといえども、研究方法や研究の視点、研究者としてのスタンス、修論のまとめ方、現時点での計画の課題や問題点をご指摘&ご指導いただきまして、本当に有難い限りでした。

 

普段自分の所属する研究室におけるゼミや修論指導で、指導教員やゼミ仲間に計画を聞いてもらってご指導賜っているわけですが、それは勿論大変有意義なことで、ご相談しながら一歩一歩計画と研究を進めていくためには非常に重要です。

研究に対する想いやそれまでの経緯、プロセスを全て分かってもらっているので、当然のことながら中身の濃い研究指導を受けられるわけです。

 

一方で、初対面の方に研究計画を聞いていただくということは、自分の研究内容を対外的に発表するのとほぼ同じようなことになると考えられます。

いわば、ほぼ初対面の人だらけの学会発表に対するプレプレプレ練習をしているようなものです。

 

初めて自分の研究内容やその結果を初対面の人に対して説明するときに、どんな疑問を持たれて、何が問題なのか、テーマの設定は適当か、整合性がとれないのはどこか、どこが議論のポイントになるのか、方法は適当か、理論の矛盾はないか、等など、いわゆる第三者の目で公正に研究内容を見ていただくことは非常に重要であるように思いました。

 

実際に院ゼミでは気づけなかった視点や手法についての重要な示唆を得ることが出来ましたし、他にも非常に多くの多様な学びを得ることが出来ました。

 

つまり、初対面の方は、それまでの経緯とか前提とか何もご存じないわけですから、あくまでも客観的で新鮮な視点で研究内容を眺めてくださるということですよね。

この 客観的で新鮮な視点 というのはとても大切なように思います。

学会発表では、ほとんどが初対面の方ばかりで、大々的に客観的で新鮮な視点に晒されることになりますしね。

 

研究計画を立てていると、どうしても思い込みが激しかったり、考え方が方偏ったりすることがあります。要は、自分が主張したいことがあたかも正論であるかのように都合よく計画を書き進めていってしまったりするわけです。

 

そんな時に、初対面の方に、客観的で新鮮な視点で研究内容を眺めていただくということは、ちょっぴり怖くもあり、またそれをしないことの方が怖かったりもするなぁと。

 

研究って、自分の想いをモチベーションにすることも必要だと思うのです。

ただし、単なる思い込みだったり、身勝手な自己満足だけでは成立しないのですよね。

ですから、たとえば初対面の方に、全くの先入観なくあくまで客観的で新鮮な視点で見ていただくというのは、研究を進めていく上でとても大切だと思いましたし、これからもいろいろな方に研究内容を見ていただく機会を頂戴したいと考えるようになりました。

 

なかなか最初は勇気が要りますけどね、いつまでも謙虚な姿勢であることを忘れないでいたいです。

 

これって、研究に限らず普段の生活や仕事でも同じことが言えそうですよね。

気の置けない仲間との時間はとっても大切だし心地よいものです。

でも、自分の常識とか考えって、たいてい人とは異なっているものですし、その違いが面白い。

 

だからこそ、たまには初対面の人と話してみて意見を聞いてみるのもいいし、思い切って自分の考えや思っていることを正直に話してみるのもいいことだと思います。

 

初対面の人が自分の考えや意見をどう思うのか?その人はどう考えるのか?

自分と異なる意見を聞くことは面白いし、新たに視点を得られるって楽しいですよね。

年を重ねてくると、初対面の人と話し合う機会ってそう多くはなくなってくるのですが、たまには初対面の方との新鮮な人付き合いもいいかもなーと、珍しく思うのでした。

 

Thanks,

Chigusa 

アンドロイドに死は訪れるか?

考えてみるフィールド イベントフィールド

皆さま、ごきげんよう

 

早速ですが、今日は科学技術と死生のお話です。

 

お仕事の関係で科学未来館を訪れる機会がありました。

www.miraikan.jst.go.jp

 

今回はあいにくあまり時間がなかったためにテーマを絞って見学してきました。

本来とても面白い展示が多い楽しい施設なので、もしご興味があればぜひゆっくりお時間をとって行ってみてくださいませね。

 

今回特に見てきたのは、アンドロイドのコーナーでした。

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この説明員さん(オトナロイドさん)とはお話ができます。

ただし、オトナロイドさん(の話者)は別のブースに入って、カメラ越しに相手の人とお話しすることができるので、正確に言えば

「人間そっくりの見た目を持つ遠隔操作型ロボットのオトナロイドさん」

であって、オトナドロイドさん自身の意思や判断でが喋っているのではありません。

見た目はもう人間そっくりですし、「実に精巧だなぁ」という印象と、

個人的には「ちょっと怖いなぁ」という印象を受けました。

 

何が怖いか?というと上手く説明できないのですが、違和感というか、脅威というか、

別に何も危害はないわけですが、あまり進んでお話したいとは私は思いませんでした。

 

むしろ旧型ロボット的な

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ASHIMO君の方がカワイイ感じがして好感が持てました。

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ASHIMO君は、お話したり(やはり話者は別にいますが)、ボールを蹴ったり、手話を交えて歌を歌ってくれたりするんですよ。

片足ケンケンもしてくれて、両足が空中に浮いている間のバランス調整が難しいんだよって、自己解説付で教えてくれました。

以前デモの最中に派手にコケてしまった悲哀漂う無残な姿を動画で見かけたことがあるのですが、それよりもきっと改良が重ねられているのでしょう。

思っている以上にスムースで愛嬌のある動きで、なんだか可愛かったです。

 

 

アンドロイドにお話を戻しますが、私が何を考えたか?というと、

「アンドロイドは死ぬか?」

という疑問でした。

 

恐らく技術的には半永久的に生き続けることができるのでしょう。

しかしながら、アンドロイドに寿命を設定するのか否か?については、

人間が設定する必要があるのではないかと推測します。

科学者やエンジニアの死生観や生命倫理が問われるものと思います。

 

アンドロイドは電気羊の夢を見るか」という小説(ブレード・ランナーの原作)がありますが、似たような疑問?で

「アンドロイドに死は訪れるか?」という命題についても、真剣に協議されるべき時期に来ているようですね。

 

当たり前ですが、アンドロイドは人間ではありませんので、寿命という概念が適切かどうかも分かりませんが、少なくとも限りなく人に似せて作られているアンドロイドは、今後どのように位置付けられていくのか、科学技術的な側面に加えて、生命倫理的な側面の検討も必須なのだと感じました。

恐らく既にそんな議論も始まっているだろうと推測します。

 

人間とアンドロイドの違いは何か?を問うということは、すなわち

人間とは何か?と問うことと同じことであろうと考えられます。

そして、人間の死とは何か?人間として生きているとは何か?

が問われているようにも感じました。

 

私は近未来を描いた映画が大好きでこれまでにかなりの数を観ていますが、

機械、AI、ロボット、アンドロイド VS 人間 という構図はよく出てきますよね。

アンドロイドに人格を与えるか?といようなテーマで描かれた映画もあります。

また、アンドロイドに寿命を設定してあったのに、AIが暴走して自ら寿命設定を解除してしまった、というようなお話もありました。

「シンギュラリティ」という概念も興味深いですし、今のうちによくよく人間が考えなければならない大切な課題であることを実感します。

 

どこまで現実的なのか分かりませんが、少なくともこれまでは映画の中で描かれてきた世界が、いずれ現実になる日もそう遠くないのかもしれないことを考えると、

科学技術の発展の一方で、人間の生きる意味とか存在意義、死生観や生命倫理が益々問われてくるのではないか、というようなことを考えたひと時でした。

 

(おまけ)

やはり科学未来館のドームシアターで上映されている「9次元からきた男」というプログラムがかなり面白かったです。

www.miraikan.jst.go.jp

 

もともと量子力学とかヒモ理論とかにとても興味があって好きだったのですが、

このプログラムでは万物の理論や張弦理論の謎に迫る、圧倒的に迫力ある映像を見ることができますので、一見の価値ありです。

ご興味ある方は是非に!

 

今日は科学技術と死生のお話でした。

おしまい。

 

Thanks,

Chigusa

 

PS: ネタバレあり↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネタバレ:9次元からきた男が途中からジャック・バウアーに思えて仕方ありませんでした。w

 

 

 

 

 

 

 

 

死生学を学ぶこと。

イベントフィールド

皆さま、ごきげんよう

 

早速ですが、今日はみなと保健所様主催の「死生学を学ぶ」という講演会に出席して参りましたので、簡単にシェアさせていただきます

ちなみに、私は現在大学院で臨床死生学や緩和医療学を学んでいますが、

このタイミングでこの講演会を知って参加するまでのプロセスも偶然というか、必然というか、なんか不思議なものがありまして、コトの流れとか運命?って面白いなーと思います。

 

 

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さて、肝心の内容は2部構成で、

①ご発表:「みなさんは在宅緩和ケアをどう思っていらっしゃいますか?」

 (北里大学薬学部 地域医療・在宅医療研究会 学生様)

②ご講演:「死生学を学ぶ~自分自身の生き方を考えるために」

 (帝京大学医学部附属溝口病院 精神神経科 教授 張賢徳先生)

 

というご発表で、大変有意義なお話を拝聴させていただきました。

ご関係の皆さま、誠にありがとうございました。

 

みなと保健所様の主催で無料の区民講演会ということもあってか、

参加者数はとても多く、その注目度の高さを伺わせるものでした。

 

①のご発表は、学生様による意識調査報告で、

区民の「緩和ケア」と「在宅医療」に関する興味深い調査結果をお示しいただきました。

感想としては、思っていた以上に「緩和ケア」の認知度が高いこと、

そして、言葉やイメージの認知と、正しい理解とは必ずしも一致しないということ、

ならびに、在宅医療への期待と現実には乖離があること等が特に印象に残りました。

 

それと、高等教育機関と地域活動との連携はとても有益であると思いました。

我が大学でも地域との連携を図った活動や研究が行われていますが、

私の所属する研究室でも何かしら地域との連携ができないものか?

考えてみたいと思いました。

(個人的には区民の死生観調査研究をやってみたいと考えてはいるのですが、

修論のテーマとはまた別のお話になりそうな気配なのですよね・・・)

 

 

②のご講演は、主に死生観のお話を張先生ご自身の死生観や臨床現場でのお話を交えて幅広くご教示くださり、大変有意義なご講演でした。

 

詳細は割愛させていただきますが、

 

 自分の死生観を持つこと&他者の死生観も尊重すること

 死生観に正誤はないこと

 死生観は更新が可能であるので、時々考えてみましょう。

 

というようなメッセージを受け取らせていただきました。

この他にも示唆に富むとても大切なことを沢山ご教示いただきました。

 

ご講演後に会場からの質疑応答があったのですが、

「本日のご講演内容は多様な領域にわたっているが、

どれも大切なことなので、(医療者などの専門家向けではなく市民向けに)

書籍としてまとめもらえないだろうか。」

 

というような趣旨のご意見が出ていました。

 

これはご指摘の通りで、一口に「自分の死生観を持つ・死生観の涵養を」といっても、

個々人の経験や価値観、信仰、医療、家族、地域、経済、社会資源、等など、

多岐にわたる領域のことが関わってきます。

つまり、個々人の死生観の醸成には様々な要因があり、

本日のご講演でもそれをよく理解することができましたので、

分かり易くまとめていただけないか、というご要望はごもっともだと感じました。

 

そして、改めて「死生」にまつわる事柄に対する市民の皆さまの関心の高さを認識しました。

日本は現在超高齢社会を迎えていますが、その後には多死時代が到来するといわれています。

人間は誰もがいずれ死にゆく存在ですが、近年では病院で看取られることも多く、

いつしか死が忌避され遠ざけられてしまっていると考えられています。

日常生活の中では、なかなか自分の死や死生観について考えることはないかもしれません。

 

「自分の死生観を持つ」というと何か大袈裟で難しい感じがするかもしれませんが、

自分なりの生き方や、生きる上での信条、生きる意味などを時々考えてみる

 

ことは、すなわち自分の死生観を持つということに他ならないのではないかと思いますが、

いかがでしょうか。

 

 

僭越ではありますが、私もいつか市民の方々に対する死生教育の一端を担いたいと考えておりますので、

本日のご講演はかなり有意義で大変良いお勉強になりましたし、

今後さらに広く深く学んで参ろうと思った次第です。

ありがとうございました。

 

Thanks,

Chigusa

 

 

ところ変われば、きっと人生観や死生観も変わるのだろうな。

考えてみるフィールド

皆さま、ごきげんよう

 

暖かい日に窓を開けていると、何やら鼻がムズムズする気がするのですが、

自分は花粉症には絶対にならない。と根性論で決めています。

インフルエンザも根性でならない。と決めていますので、お陰様で予防注射なしでも今のところかかったことは一度もありません。今どき昭和気質です、はい。

あ、昨年秋にはマイコプラズマ肺炎になってしまいましたが、、、。

皆さまは、どうぞご自愛を。

 

さて、久しぶりにお仕事で海外へ行ってまいりました。

若い頃から海外へはよく行っていましたが、最近はめっきりドメスティック派になっていましたので、久々に大いに刺激を受けてきました。

 

あ、そういえば、前職での役員秘書時代から海外出張の手配=個人手配をするのが大好きで、好きが高じて旅行業務取扱管理者(でしたっけ?)の国家資格を持っているんでした。

忘れてましたが、その気になれば(&資金を調達すれば)、旅行会社も開業できるんです、たしか。

 

Anyway,

海外へ出て日本との違いを感じるのは、空港を出た時の匂いとか、空の青さとか、

風景の広さとか、やっぱり空気感の違いでしょうか。

国や地域によって、独特な空気感ってありますよね。

 

東京に帰ってきた時に、嗚呼東京ってやっぱりコンクリートジャングルなんだなぁと、

羽田上空でいつも思うたびに、若干ナーバスになったりします。

 

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人の価値観とか、人生観とかって、人間関係が大いに影響してきますが、

環境からの影響も大いに受けていると考えられます。

生まれ育った環境とか、お仕事の環境とか、住環境とか、何かしら自分の考え方や思考に影響を与えていると考えられますよね。

その中には、国とか土地柄とか歴史とか文化とか宗教とか気候とかお天気も含まれていると考えられます。

 

今回二か国の複数の街や地域を訪問してみて、多様な環境を垣間見ることができたのですが、

 

ここで暮らしている人たちは、

どのような人生観や死生観を持っているのだろうな?

 

というようなことを考えていました。

 

当然のことながら個人差は大きいと思いますが、

恐らく日本人の人生観や死生観とはまた違った何かがあるのだろうと思いました。

ところ変われば、きっと人生観や死生観も変わることでしょう。

 

思わずその土地で暮らす人たちに聞きまくりたい衝動に駆られましたが、

今回はお仕事だったのであえなく断念しました。

特に、昔から移民を多く受け入れているような国でしたので、母国や国籍がそれぞれ違う人が集まっていて、共に暮らしていくという生活において、どのような人生観や死生観が醸成されているのだろうか、とても興味を惹かれました。

 

いつか異なる国や地域における環境の違いによる人生観や死生観の違いについても研究してみたいと思います。

 

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ちなみに今回は割合自然たっぷりな場所を訪れることが多かったのですが、

ただただ横にだだっ広い風景を眺めていたり、

燦々と照る太陽を浴びてどこまでも碧い海原や水平線を見ていたら、

 

ちっちゃなことなんて、

もぉどうでもいい気がしてきました。

 

生きているだけで幸せだし、やっぱり一日一生で生きよう って思いました。

 

おしまい。

 

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Thanks,

Chigusa